読売新聞 関西版 夕刊
▼ストリートピアノについて、識者として取材され、の読売新聞・関西地域の夕刊第1社会面のトップに掲載されました。(2021.3.9読売新聞・関西版)
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神戸包む 街角ピアノ 市が推進 駅など27か所 交流の場
大阪夕刊 夕社会 09頁 1943字 06段
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紙面
そぞろ歩けばピアノのメロディーが聞こえる。神戸市がそんな街を目指そうと、誰でも自由に弾ける「ストリートピアノ」の普及に力を入れている。阪神大震災後に使われなくなったピアノなどを再利用して市内27か所に設置。市民の癒やしの場となっている。(中西千尋)
■音色に人だかり
レトロな洋館が立ち並ぶ神戸市中央区の旧居留地に3日昼、ベートーベンのピアノソナタ「月光」の旋律が響いた。
市が三井住友銀行神戸営業部の玄関前に置いた米・スタインウェイ社のグランドピアノを弾いていたのは、観光で訪れた東京都江東区の会社員中島康雄さん(40)。3曲を演奏した約15分間、通りかかった人らが足を止めて聴き入った。ピアノ歴35年の中島さんは「こんないいピアノを自由に弾ける環境は新鮮」と満足げだ。
JR神戸駅近くの地下街のピアノにも毎週末、人だかりができる。演奏を聴いていた京都市のデザイナー亀田智由紀さん(43)は「音楽を通して人とのつながりを感じられる。上手な弾き手ばかりではないが、人柄や一生懸命さがにじんでいる」と語った。
■被災幼稚園の1台
神戸市がストリートピアノ事業に乗り出したのは2019年。きっかけは震災で全壊し、閉園した旧市立本山幼稚園(東灘区)にあった1台のアップライトピアノだ。
ジャズが盛んな神戸市は、毎春ジャズイベント「KOBE JAZZ DAY」を開くなど、「音楽の街」のイメージづくりに力を入れている。長らく使われないまま近くの小学校で保管されていた本山幼稚園のピアノを街中で弾いてもらおうと、19年1月、JR神戸駅近くの地下街に試験的に置いた。
最初は買い物客らがおそるおそるピアノに触っていたが、徐々に腕に覚えのある人たちが演奏を披露し始めた。「発表会前の度胸試しに」という人もいて、週末には弾く人が順番待ちの列を作るようになり、市は常設に切り替えた。
市はこれを機に、学校や家庭などで使われなくなったピアノを調律して再利用し、駅や空港、商業施設など計27か所に設置。多い日には100人以上が演奏する場所もある。赤字に悩む市営地下鉄海岸線の活性化につなげようと全10駅のうち8駅にも置かれ、新年度には残り2駅に設置される。
新型コロナウイルスの流行以降、市はピアノに消毒液を置き、利用時間の短縮や他の楽器演奏との共演自粛などを呼びかけている。
市の担当者は「ピアノがあるだけで、ただの通りが楽しい交流の場になる。誰でも気軽に音楽に触れられる街になれば」と願う。
◆英発祥 日本国内300か所に 誰もが気軽に主役
ストリートピアノは、英バーミンガムが発祥の地との説がある。2008年、英国の芸術家ルーク・ジェラム氏が、人間関係が希薄になりがちな都市部で人同士がつながるきっかけにしてもらおうと15台を街中に置き、SNSを通じて欧米を中心に広がった。
日本では、鹿児島市の街おこし団体が11年2月、商店街のにぎわいづくりのため全国に先駆けて設置した。同団体は不用になったピアノを全国に贈る「ストリートピアノJAPAN」(鹿児島県霧島市)を設立し、これまでに東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の「南三陸さんさん商店街」、岩手県大船渡市の「防災観光交流センター」などに計19台を寄贈した。
他の自治体にも設置の動きは広まり、今では東京都庁の展望室や主要駅など人が集まる場所を中心に300か所近くあるとされる。演奏動画も人気で、歌手の広瀬香美さんが演奏者にあわせて歌う動画は1000万回以上再生された。
各地でストリートピアノの設置や演奏に関わった芝浦工業大の武藤正義教授(社会学)は「SNSを中心に情報を自由に発信できるようになる中、誰もが気軽に弾けて主役になれる。聴く側も無料で高度な演奏を楽しめ、地域のPRにもなる。『素人以上プロ未満』の層に発表の場が与えられ、埋もれていた人材に光が当たるメリットもある」と話している。
◆全国13会場で 3.11追悼演奏
「ストリートピアノJAPAN」は、東日本大震災から10年となる11日、各地のストリートピアノを使った追悼合唱を、被災地や神戸、京都両市など13会場で実施する。
2012年から毎年3月11日に実施。昨年は12道府県・26会場を予定していたが、コロナのため多くの会場で中止された。今年は参加者の距離を保つなどの感染対策を講じ、被災地のほか、京都府や兵庫県、鹿児島県など7道府県の13会場で「ふるさと」や「花は咲く」を合唱。神戸市では市混声合唱団が歌う。
「ストリートピアノJAPAN」の大坪元気会長(36)は「ピアノの音色を通じて、東北への支援と防災の意識が高まるきっかけになれば」と話した。
写真=JR神戸駅近くの地下街で、ストリートピアノを演奏する女性(神戸市中央区で)
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